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『新約聖書−歴史・文学・宗教

 
  ゲルト・タイセン 著
  大貫隆 訳
  教文館、2003年2月5日
  価格:2000円(税別)


 こんな教科書ほしかった。大学生レベルの新約聖書入門としてはベストな本です。
 

  「新約聖書はローマ帝国の内部に存在した一つな小さな宗教的サブカルチャーの文書を集めたものである」というオープニングの一文からして、入門書としての新しさを感じます。 
  こういう、キリスト教という宗教を一宗教・一社会現象として、周囲の歴史・社会状況から切り離さずに、特別扱いしないで観察していこうじゃないか的な論述が、三十番地教会牧師の好みです。
  このオープニングの文章はこう続きます。「このサブカルチャーはユダヤ教に対する新しい解釈として成立した。この新しい解釈の原因およびきっかけとなったのは、およそ紀元後二七年から三〇年にかけて生き、最後にはローマ人によって扇動者として処刑されたユダヤ人霊能者ナザレのイエスの活動であった」……とってもわかりやすい。とっても客観的で公平です。
  キリスト教の歴史を宇宙の歴史のように描く、あまりにも主観的な本とは違い、信徒も、信徒でない人も、安心していっしょに読めます。

  新約聖書におさめられている文書の中で、歴史的に最初に書かれたものは、パウロの手紙です。しかし、パウロは初めから手紙を書いていたわけではなく、彼の宣教活動の後期になって、初めて
「手紙」という方法を最大限に用い始めました。それは、ユダヤ教への復帰を強調する勢力の拡大に伴って、彼がとったメディア戦略でした。
  その次に確立したジャンルが
「福音書」です。紀元後70年にローマ帝国によってエルサレムが陥落させられたため、神殿という信仰の拠点を失ったユダヤ教徒とキリスト教徒は、それぞれ文書・物語によって自分たちの精神の基盤を確立する方向に向かいました。また、パウロという一大指導者が亡くなった後、キリスト教会には信仰生活を導く権威の源が必要でした。それが、すべての出発点であるイエスの生涯を教えを描く福音書の編集を促しました。
  さらに、
「ヨハネ文書」を生み出したグループは、この「手紙」と「福音書」という2つのジャンルを、形式的にも思想的にも融合させてゆきます。
  また、その一方で、パウロのあまりにも強烈な個性を、ローマ帝国の中で発展、あるいは生き残りを図る教会の実情に合わせて再解釈、または修正して教えようとする
「偽名による手紙」も書かれてゆきます。
  そしてそれらがやがて総合され、新約聖書へと結集されてゆくわけですが、そのプロセスは、キリスト教というこの新しい宗教グループの本拠地が、ユダヤ戦争以降、帝国の西方へと移動してゆき、エフェソやローマがキリスト教の中心地となっていった歴史的事情にも影響を受けています。

  ……というわけで、大きな歴史の流れと関連付けられた「文学史」としての新約聖書の成立事情が、とてもわかりやすくまとめられているので、クリスチャンであってもなくても、大学生レベルの方が、教科書的に読むには最適な本ではないかとオススメいたします。

  ラストのしめくくりには、ユダヤ教、キリスト教、イスラームの三者に対する著者なりの配慮が抑制の効いた文体の中ににじみ出ていますが、これも時代の反映なのでしょう。(2003年7月13日記)

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