『「べてるの家」から吹く風』
向谷地生良(むかいやち・いくよし) 著 いのちのことば社 2006年4月20日 価格:1,300円 (without tax) 苦しんでいる人の話のはずなのに、なぜか読むと癒される、不思議な本です。 「浦河べてるの家」とは、1984年に発足した、北海道の浦河郡浦河町にある、様々な精神障がい(特に統合失調症)をもった当事者が、社会参加や社会進出のために多様な事業を展開している共同体です。主に日高昆布の産地直送や出版事業などの就労支援と、グループホーム等の住居の提供をしたり、有限会社「福祉ショップべてる」などを含んでいます。 現在はこのように多彩な事業を展開していますが、もともとはこの本の著者である向谷地生良さんが、精神障がいをかかえる当事者の何人かと、古い浦河教会で共同生活を始めるようになったのがきっかけだそうです。 その「べてるの家」で起こった様々な人間模様やエピソードをおさめているのがこの本です。 この本のなかには、統合失調症で、絶望の底の底まで味わった人たちが何人も登場します。著者の向谷地生良さんの24時間営業のソーシャルワーカーぶりも、じっさい大変なんだろうな、と思います。 しかし、不思議なことに、この本におさめられているエピソードの数々を読んでゆくと、そのような大変さに触れてショックを受けたり、考え込まされたりするのではなく、逆に、なぜか心が癒されてゆくのを感じるのです。心が疲れたときに、この本を読むと安らぐのです。ですから、私は夜、寝る前にこの本のエピソードを毎晩ひとつずつ読んで眠るようにしています。 なぜ、重度の障がい者と、その人たちを支える医師やソーシャルワーカーに起こる出来事を読むと、安らぐのでしょうか。それはこの本のいたるところにちりばめられているユーモアのせいだと思います。 この本の中に、著者の向谷地さんが講演先で、「べてるの家のユーモアの源泉はどこにあるんですか?」と訊かれたときの話がおさめられています。 「それに対して私はこう答えていた。『人間は、とことん行きづまると、最後には“もう笑うしかない”という心境になることがあります。そのようにべてるの笑いの原点は、究極の行きづまりと、とにかくきょう一日を生きようとする生き方から生まれたものです。』」(p.164) 絶望的な状況の中で、その絶望に負けまいと必死に戦うのではなく、むしろ上手にあきらめる、あるいは、安心して絶望する、「今日も順調に問題だらけだ」、「いい落ち方をしてきたね」とほめあうことができるような、そんな生き方、あり方もあるのだな、と知らされるのです。 私たちは、この本によって、戦わない生き方、共に降りてゆく生き方、それが人を癒し、今日を生きてゆく力を引き出してくれることを知るのです。そして、そのような生き方の背景を信仰が実にさりげなく支えているのだということも、知ることができます。 この本を、特に心が疲れている人に、おすすめしたいと思います。 (2008年5月3日記) |
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