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『日本語化したキリスト教用語』

 
  岩村信二(いわむら・しんじ) 著
  教文館
  2009年9月25日
  価格:単行本1,600円 (without tax)

 言葉の生い立ちを探って楽しみながら、日本人に合うキリスト教を考える手がかりになります。
 

 「三位一体」という言葉を小泉元首相が使い、「十字架を背負う」という言葉を安倍元首相が使う世の中ですから、キリスト教用語もずいぶん広範囲に日本社会の中に広まったものだなと思わされる反面、その本当の意味を理解している人はほとんどいないのではないかという思いも、多くのクリスチャンが抱いていると思います。
 この本は、単に日本社会でよく使われるキリスト教用語を羅列して解説するだけでなく、たとえば「週日制」という項目では、日本の日常生活の中にすでに根を下ろしている、キリスト教起源の文化をわかりやすく解説してくれています。
 そして、読み終わると、実に日本人が日常化している生活風俗の中にキリスト教的な発想や文化が浸透していることに、改めて気づかされると同時に、日本人が見事にキリスト教の信仰告白だけを換骨奪胎して、それ以外の事はほとんど受容しているのではないかと驚かされます。
 日本人は、キリスト教を相当程度受け入れているのです。ただ、受け入れていないのは、信仰告白と洗礼と教会生活だけです。それをどう評価するかは、別の場所ですることになるのでしょうが……。

 この本が最も好感を持てるのは、「日本人はキリスト教用語の本来の意味を取り違えて使っている。正しくはこうだ」と言った、上から目線の物言いを一切していないところです。
 確かに日本人は自然宗教的な汎神論の要素が強い、その反面、「天国」といった言葉も平気で使える、その精神性を「節操が無い」と切り捨てるのではなく、「おおらかな気風」(p.64)と評しています。
 
 また、89年の人生をほとんど牧師として過ごしてきた著者として、日本へのキリスト教の土着化について提言している部分は、とても興味深い内容になっています。
 著者は、キリスト教の神観をそのまま土着させるべきではなく、キリスト教の唯一神観の側も変化しなければならないと説く。
 これまでのキリスト教は「インペリアリズム」であるという。つまり帝国主義的だったわけだが、これは日本人に宣教するのには向かない。他の宗教や他の神を認め、その中でひとりの神を信ずるという「単一信教」によらなくてはならない、とも。
 日本人の古来の宗教観に抵抗無く入り、しかし同時に、日本人の宗教心をより成長させるものとして、キリスト教自身もどのように柔軟に対応できるか、ということを、体験的にわかりやすく説いた、好著です。

 というわけで、この本、おすすめです。
 なお、同じ著者による『日本人にもわかるキリスト教の人生訓』(教文館)もおすすめです。
 (2011年2月6日記)

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