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 Q. グーテンベルクの聖書って値段はどれくらいしたんですか?
 西洋史の本等読みますと、1455年にグーテンベルグの印刷機で初めて聖書が印刷され、その後16世紀になると安価になりヨーロッパ(恐らくドイツ当たりと思いますが)一般の人々でも聖書が買えるようになり、宗教革命の原因の一つになったと書いてあります。
 主観もありますが、現在でも聖書は決して安いとは言えないかもしれません(私は3冊持っています)。
 当時の一般の人と言えば大半が農民のはずで決して収入も多くなく、また文盲が大多数を占めていたと考えられます。そのような状況下で大体聖書の価格はいかほどで有ったでしょうか。
 無論、当時の物価水準、貨幣価値、社会情勢等は現在とは大きく異なりますが、何かを基準として教えて頂ければ幸いです。
 宜しくお願い致します。

(2012年5月15日にいただいたメールより)

 A. 車1台が買えるくらいですかね。
 ずいぶんお答えするのが遅くなってしまいました。思えば約5ヶ月このご質問を放置していたのですね。本当に申し訳ありませんでした。
 このご質問には、私自身の知識ではお答えできなかったので、私の旧友である一人の聖書学者に知恵を借りました。それに私がWikipediaでわかった程度のことを付け加えて、ご説明してみたいと思います。

グーテンベルク
グーテンベルクの肖像画
 ヨハンネス・ゲンスフライシュ・ツア・ラーデン・ツム・グーテンベルク(Johannes Gesfleisch zur Laden zum Gutenberg:1398?〜1468)が金属活版の印刷技術を開発したのは、はっきりはしませんが、1439年以前であったようですね。場所はストラスブールだったそうです(ストラスブールという街はフランスとドイツの国境線近くの街で、現在はフランス領ですが、ドイツとの領有権争いで、何度も取り合いになったところです)。
 その後、マインツ(グーテンベルクの生まれ故郷:現在はドイツ領ですが、フランス領だったこともあります)に里帰りしたグーテンベルクは、1444年までに商業印刷事業を営んでいたそうです(カトリック教会の贖宥状〔免罪符〕なども印刷していたようです)。
 1450年ごろ、彼はヨハン・フストという人物から800グルデンの出資を受け、フストと共同事業として新しい活版印刷の技術を使った新事業を立ち上げます。
 その時、新技術をアピールするために彼らが選んだプロジェクトが、カトリック教会公式の聖書である「ラテン語聖書(ヴルガタ)」の印刷・販売でした。
42行聖書
ラテン語の四十二行聖書

 更にフストは、ペーター・シェファーという写字生(聖書を手書きで写して、写本を作る仕事をする人)の経験がある青年を連れてきてスタッフにし、3人でプロジェクトにあたることになりました。
 そして、ついにこの最初の印刷聖書が出版されたのが1455年だったというわけですね。これがかの有名な「四十二行聖書」というものです。

グーテンベルクの活版印刷機
グーテンベルクの活版印刷機
 余談ですが、Wikipediaによれば、この聖書刊行に前後して、グーテンベルクはフストから追加投資の1600グルデンを他の用途に使い、しかも返済しないので、フストに訴えられて裁判所に利子つきで返済を命令されたそうです。
 しかし、返済能力がなかったグーテンベルクは、印刷機と活字、そして印刷中の聖書など、一切を抵当としてフストに取り上げられてしまうことになったようです。
 発明者であり創業者であった人物が、共同経営者から追い出されてしまうことになったわけですが、どこかで聞いたような話ですよね……。

 ところで、この「四十二行聖書」の価格ですが、商売としては無茶苦茶らしいです。
 売価は紙本で1冊20グルデン、羊皮紙本で1冊50グルデン。当時の1グルデンは現在の日本での20万円に相当するそうなので、紙本は1冊400万円、羊皮紙本は1冊1000万円ということになります。
 180冊しか出版しなかったそうです。まあ、新技術をアピールするための作品なので、この出版プロジェクト自体が広告費のようなものだったのかも知れません。

 その約70年後の話ですが、1522年に出版された新約聖書(ルター訳、「九月聖書」と呼ばれています)の価格は、1.5グルデンだったそうです。
ルターの九月聖書
ルター訳の九月聖書

 70年経って、貨幣価値としては、今の高級な冷蔵庫を買うような感覚の値段だったそうです。
 安くはありませんが、初版3000部が3ヶ月で売り切れたそうです。それなりの経済力を持った方々が購入されたのでしょうけれど、それだけ「聖書を自分で読める(ドイツ語だった)」ということは大きな革命だったのでしょうね。

 さらに10年後のデータですが、1533年には70人に1人、あるいは10家庭に1家庭が、ルター訳新約聖書を所有していたということです。

 グーテンベルクの印刷機という発明は、その後の人類の情報伝達の速度を急激にか属しました。まさに世界を変えた発明なわけですが、その最初のプレゼンテーションの素材として聖書が選ばれたということは、聖書を愛する者にとってはうれしいことです。
 そもそもバイブル(Bible)という言葉の語源はビブロス( ギリシア語で「本」)という言葉で、本と言えば聖書だったわけです。
 そもそも街の中の教会ごとに一冊、写字生が写した写本があればいいほうだったので、本というものは非常に貴重なものだったのですね。
 現在は本は書店にあふれるほど積み上げられており、時代はコンピュータで処理するデータを中心に動くようになってきたのですが、それでも、データベースと辞書と検索機能や言語解析機能などが1冊の本をめぐって徹底的になされているのは、やはり聖書なのではないかと思います。

 なお、現在の日本で売られている聖書がなぜ高価なのかについては、別のQ&Aでお答えしてありますので、そちらを参考になさってください。
  →「聖書って、どうしてあんなに値段が高いんですか?」
 日本聖書協会のサイトに行くと、新共同訳(1986年)と口語訳(1955年)の日本語聖書が、キーワードや章節数などから検索でき、無料で読めるようになっています。また、単に聖書の日本語訳だけではなく、『スタディ・バイブル』(聖書を読む上での基礎的な知識が挿入されている本)や、『アート・バイブル』(聖書の場面を描いた巨匠たちの絵画が紹介されている本)など、さまざまな趣向を凝らした聖書が出版されていますが、確かに安価なものではありません。
 ただ、内容量から見れば、通常書店で売っている単行本に比べれば破格に安いとも言えます。まあそこらへんはそれぞれの主観になりますけれどね。
(2012年10月6日記)

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〔最終更新日:2012年10月8日〕

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